私は毎日、定時で帰ります。そして更衣室で、毎日ほぼ同じ顔ぶれに会います。時間のズレは、体感で1分もありません。名前も部署もよく知らない人たちです。それでも、私が定時退社の罪悪感から抜け出せたのは、この人たちのおかげでした。
今日は、定時退社の罪悪感がどうやって消えたかという話をします。結論を先に言うと、やってる人は、やってると知ったからです。
この記事でわかること
- 定時退社に罪悪感が生まれる仕組み
- 更衣室の「静かな同志」の観察記
- 罪悪感が消えた3つの理由
- 同志の見つけ方(探さなくていい、という話)
定時退社の罪悪感は、こうして生まれる
定時のチャイムが鳴っても、フロアの誰も立ちません。この空気の中で席を立つには、ちょっとした胆力が要ります。実際、私も最初の頃は、帰り支度の音を小さくしていました(笑)。この空気の正体は、帰りにくい雰囲気の記事で書いた通りです。
ちなみに、統計を見ると残業時間の全国平均は月10時間前後で推移しています(厚生労働省・毎月勤労統計調査)。つまり、日本全体で見れば、定時前後で帰る働き方は少数派ではありません。それでも自分の職場では異端に感じる。この落差が、罪悪感の正体です。
更衣室の「静かな同志」たち
定時で帰り始めてしばらくして、あることに気づきました。更衣室に、毎日同じメンバーがいるのです。しかも、来る時刻がほぼ同じ。私が着替え始めると、いつもの位置にいつもの人がいます。
会話は、ほぼありません。あっても会釈と「お疲れさまです」だけ。お互いの事情も知りません。家族との時間か、趣味か、あるいは副業か。それぞれに帰る理由があるのでしょう。ただ、確かなことが1つあります。この人たちは毎日、迷いなく帰っている。その背中には、堂々とした静けさがありました。
フロアにいると、定時退社は自分ひとりに見えます。ところが、更衣室に来ると違う景色になる。各フロアの「静かな在籍」実践者が、この時間のこの場所に集まってくるわけです。要するに、見えていなかっただけでした。
罪悪感が消えた3つの理由
振り返ると、定時退社の罪悪感が消えたのには3つの段階がありました。
- まず、同志の存在を知った(自分だけじゃないと分かると、心は一気に軽くなる)
- 次に、仕事を終わらせて帰っていると自分で確認した(罪悪感の根拠が実はないと気づく)
- 最後に、何年続けても評価が急落しなかった(恐れていた結末は、来なかった)
特に2つ目が大事です。罪悪感は「悪いことをしている」という感覚ですが、担当の仕事を終えて帰るのは、契約の履行です。悪いことがどこにもない。だから、確認するたびに感覚の方が間違っていると分かります。このあたりの理屈は定時で帰るのはサボりじゃないに詳しく書きました。
同志は、探さなくていい
「職場に仲間がいない」と感じる方へ。同志は探すものではなく、自分が先に始めると見えてくるものです。
私も、残業していた頃は更衣室の顔ぶれを知りませんでした。定時で帰る生活を始めたから、同じ時間帯を生きる人たちが見えた。つまり、行動が先で、連帯は後からついてきます。しかも、この連帯には会話すら要りません。「今日もいますね」という無言の確認だけで、明日も帰る勇気には十分です。
よくある質問
Q1. 職場で自分だけ定時退社。浮きませんか?
最初は浮いた感じがします。ただし、体感として2〜3か月で「そういう人」として定着します。人の関心は、他人の退社時刻にそれほど長く向きません。そして、続けていれば更衣室やエレベーターで、同じ動きの人が必ず見つかります。
Q2. 上司の目が気になって帰れません。
分かります。私は「仕事の完了報告」をセットにしていました。つまり、帰る前に今日の進捗と明日の予定を短く伝える。上司の不安の正体は「あいつの仕事は終わっているのか」なので、そこを先回りで潰すと、目線は驚くほど柔らかくなります。
Q3. それでも罪悪感が消えません。
無理に消さなくて大丈夫です。罪悪感を抱えたままでも、帰ることはできます。感情と行動は別物だからです。先に行動が習慣になり、感情は後から追いついてきます。私の場合、完全に消えるまで1年くらいかかりました。
まとめ: やってる人は、やってる
定時退社の罪悪感は、フロアの景色だけを見ていると育ちます。しかし、更衣室には毎日同じ時刻に帰る同志たちがいました。声は上げず、群れもせず、それぞれの人生に帰っていく人たち。静かな在籍は、私だけではなかったのです。
あなたの職場にも、きっといます。まだ見えていないだけです。明日、定時で立ち上がってみてください。同じ時間の景色の中に、同志が見つかるはずです。
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